G.B.Times 11月号 No.13
Hello!
秋がまた一歩進んで、涼しいと思っていた風が時に冷たいと感じられるようになりました。
締め切りのある人生は短いと誰かが言ってたけど、11月には1年に1度の朗読会があったり、他のタスクもあったりしたためか、特に短く感じられました。と言っても、ゲームをする時間やテレビを見る時間、睡眠時間は全然減ってないから(私はこの歳にしてロングスリーパーで、ほっとくと一続きに9時間は寝られる)たいした締め切りでも何でもありません。
それでも、ハローウィンが終わったら、街にはもうクリスマスツリー。12月が迫っていると思うと、気ままなジジばば暮らしの私でさえ気ぜわしく、せき立てられるような気持ちになってしまいます。
仲間たち
冬が近づくと猫たちはがぜん食欲旺盛になります。冬眠前の熊のように、栄養を蓄えようとするのだろうか。いつもはたまにしか来ない、隣のシマのクーちゃん、ぴっち、ジュニアがレギュラーで訪れ、ワシワシとエサを食べていきます。うちの住猫?カラ、めめ、ビッチも彼らに押されぎみです。だけど隣の子も、うちの子も、みんな寒スズメのように丸まっこくふとってきました。
外で寝るのは寒かろうと、ジジが猫ハウスを工作しました。ジジは大工仕事の素養がないので、段ボール、ガムテープ、シートであらゆるものを解決しようとします。ビッチのために作った筈の猫ハウス1号が目ざといめめに素早く占拠され、2号も製作しましたが、空き家のままではないのか?ビッチはあまりお気に召さないのかな…
今日のお散歩
津久井湖の近くに住んでいる叔母を、十数年ぶりに訪ねました。橋本までは京王線。以前稲田堤に住んでいたことがあるので、沿線の景色を懐かしく楽しみました。多摩川を渡る時は、いつもわくわくした気分になります。この日はよく晴れていて、遠くに富士山も望めました。津久井湖周辺も色付いていて、周囲の山々を眺め、すっかりリフレッシュしました。叔母さん、従姉妹のMちゃん、ありがとうございました。
↑キュートなおじいさん、チョコちゃん
建物探訪
お気に入りの街のひとつ、大塚。昔は三業地で池袋よりずっと繁華だったと聞きます。(池袋は巣鴨郡池袋村、戦後になってからの写真も職安に並ぶ人々が砂利道に列を作っているような感じだった)料理屋や待ち合い、芸者の置屋などが並んでいたそうです。そのせいか、今も粋な、感じのいい飲み屋さんがあります。駅の真ん前の玩具屋さん、今は閉めているけれどしゃきしゃきの江戸前のおかみさんがいました。玉三郎さんって大塚育ちだそうですねと尋ねると、「そうよ。玉三郎さんはうちの玩具で大きくなったのよ」と誇らしそうにおっしゃってました。
そんな街に残っている古い中華の店と商業ビル。中華料理店はそんなに広くないんだけど、ちょっとスキップフロア風の作りです。数枚貼られている民国時代のアールヌーボー風のポスターも似合っています。ちょっとお高めと言うより、チャイニーズにしては量が少ないのがちと残念。
商業ビルの螺旋階段。このビルはまだ使われてるけど、ちょっと廃虚感がなくもない。残って欲しいな、昭和のビル。
Memories
父の本棚から拝借したままになっている本2冊。江藤淳の『漱石とその時代』と安藤鶴夫の『巷談 本牧亭』です。どちらも何年にも渡って、何度も読み返している本です。特に安鶴さんのは大好き。カバーも取れ、すっかり日に焼けてボロボロになっています。父にとっても愛読書だったのかは分かりませんが。
父は大正14年生まれだから昭和と同じ歳です。今年は昭和100年に当たるそうだから、生きていれば100歳か〜。青春が戦争に翻弄された世代でもあります。旧制中学の頃祖父が亡くなったので、父は進学をあきらめたようです。ただただ真面目だけが取り柄の目立たない人に見えていたけれど、若くして戸主となったわけで、それなりに苦労したのかもしれません。母とはお見合いでしたが、どちらも父親に早く死に別れているという共感があったと聞いたような気がします。
書をやっていて、展覧会に出す作品を夜遅くまで書いていたのを思い出します。気合いを入れて、うんうんとうなるようにして書いているのが、寝ているふすま越しに分かりました。一時カメラにも凝ったりしました。今思えば、父には昔の寮生的な“教養”に対する憧れのようなものがあったのでしょう。ああ、大学に行きたかったんだろうなと気が付いたのは最近のことです。私は大学に入ったけれど、父の期待を裏切ってろくに勉強もしなかったな。
時々勤め帰りに本を買ってきてくれて、私はそれが本当に楽しみでした。幼稚園の頃は童話の本。繰り返し読みました。少し大きくなると『小学1年生』みたいな雑誌が欲しくて、当時は雑誌という言葉も知らなかったので、それをどう伝えていいのか分からず、表紙がぴかぴか光っている本が読みたいとねだったことがありました。その時は父はぴかぴかした表紙の絵本を買って来て、私は「ありがとう」と喜んでみせたけど、ちょっとがっかりしました。岩崎書店から出た『宮澤賢治童話全集』を買ってくれたのも父でした。月に一冊ずつ配本になっていました。1巻からじゃなく、順不同に発刊されていたように思います。初めは取っつきにくくて、何にも面白くないと思ったけれど、いつのまにか賢治の虜になっていました。どっどどどどうど、どどうどどどう…私の体のどこかに賢治のリズムが根付いています。
戦争のことも、勤めのことも、父からは何も聞いていません。兵隊の時のことなんて、話すのも嫌だったのでしょう。要領が悪い人だったから、殴られてばかりいたのではないかしら。相模原の叔母の言葉で知らなかった父の一面に出会いました。もっといろいろ聞いておけばよかったと思っても it's too late! 享年62 いやはや、今さらながら愚かな親不孝の娘であります。



いつもお便りありがとうございます。
返信削除私も亡くなった父に思いを馳せながらしんみりと読ませていただきました。
温かいコメント、ありがとうございます。私はいつも気が付くのが遅いのです。でも、多分みんなそう。しんみりしなくていいよ!きっと。
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